短編小説ショートショート「ばかにつける猫」

連絡もよこさずにほっつき歩っている夫に、イライラしながら電話をかける。

案の定、出ない。

ここ最近、調子に乗りすぎていると思ったのよね。

「まったく……」

イライラが増す。

意味ありげに数回の着信を残しておくことにした。

夫が電話を折り返しかけ直すようになったのは、過去の喧嘩から「ここで掛け直した方が、事がずっと軽く済む」ことを学んだからだ。

夫から、やけに人工的に明るいハキハキした声で電話が掛かってきた。

「どこで何やってるの」

妻は「もしもし」も言わずに、はてなマークも付けずに話し出す。

「どこで、何をやってるの」

と、もう一度、低い声でゆっくり問う。

とことん鈍い夫だが、さすがに「すぐ帰るよ」と言った。

仏の顔も三度まで。

妻はパートナーを束縛する性格ではない。

(他の旦那さんに比べれば、うちの夫はかなり自由なはずだ)と思うし、実際に転職したいと言われたときも反対しなかったし、遊びも節度さえ守っていれば文句は言わない。

妻の心、夫知らず。

調子に乗って、「それをやっちゃおしまいよ」の一歩手前まで行ってしまうのだ。

「もしかして……ばかなんじゃなかろうか」

と、妻は思わず声に出してしまう。

それまでサイドボードの上で様子を静観していた猫が伸びをしてストッと降りてきた。

妻の膝に前脚をかけながら、

「にゃーお(ばかなんだよ)」

まるで言い切るように鳴いた。

妻の怒りがいくらか静まる。

「やっぱり。ばかにつける薬は無いって言うし、どうしたらいいのかしら?」

そういえば……この子を家に連れて帰ってきたのはあのばかだったっけ。

ばかにつけるのは薬じゃなくて猫の方がいいのかもしれない。

猫の方がよほど賢いし気も利く。

「ねぇ。あのばか、どうしようか?」

妻の膝の上でアンモナイトになりつつある猫は、綺麗な縞模様の尻尾を軽く上下に振った。

「あぁ……そうね。たまには振り回してやろうか」

ばか、ばかと夫のことを連呼した妻は少し気が晴れて、猫に笑いかけた。