【生れてきた理由・生きる目的】周囲の人を幸せにしたいなら、あなたがするべきことは?

いつかは終わってしまう人生なのに、私たちはなぜ生まれてきたのでしょうか?

太陽はいつかとてつもなく膨張して爆発するんだって。

その時に、今のように地球が存在していても結局は全て滅んでしまう。

なぜ、神様は命を創ったのだろうね?いつかは失われるのに。




人生の目的は「料理」と似ている

いつかは終わる命なのに、なぜ生まれ、なんのために生きているのでしょうか?
生まれてきた理由も、生きる目的も、どこかに用意してあるものではないので、探しても見つかりません。生きる目的は【料理】とどこか似ているところがあって、自分でその都度その都度、作るものです。

人生全ての経験が料理の材料になります。

なるべく良い材料(食材)を良いコンディションで調理しようと思うときに心がけたいことがあります。

なぜ生きるのか?「生きる目的」を自分で生み出す3つの大切なこと

1.私たちはなるべく幸せを見つけて、そして感じて生きることが大切です。不幸だけを凝視するのではなく、かといって、幸せだけにむりやり視点を集中させるのでもなく、バランス感覚を持って本当の『前向きさ』を意識します。

2.もしその幸せを踏みにじる人が居たら、さっさと離れるか、軽やかに拒否を表明することです。「失われるかもしれない」虚無感に支配されるべきではありません。

3.「今、ここ」を丁寧に生きます。「今、ここ」でどのように振る舞うべきかを意識します。

「終わる」という概念よりも、「変化」するという概念で捉え直す

この世にあるすべてのものは形を変えます。変化します。

ゲーテの詩【水の上の霊の歌】より一部抜粋します

人の心は水にも似たるかな。
天より来たりて天に昇り、また下りては地にかえり、
永劫につきぬめぐりかな。

ゲーテ
─ワイマルに入りて(1775年~86年)─
ゲーテ詩集 新潮文庫 高橋健二訳より

全文はこちら→ゲーテの詩【水の上の霊の歌】─死は終わりではなく、 死を含めてこその“命”であり、命はめぐるという優しいメッセージ

どうせ死ぬのに
結局は終わるのに

ここにフォーカスを合わせてしまうと感受性が豊かで繊細なタイプの方はときに虚無感に襲われてしまうでしょう。

私たちは『終わり』という節目を繰り返しています。

夏の終わり、夜の終わり、川の終わり……

秋が始まり、朝が始まり、海が始まります。

肉体が終わったら、統合の始まりです。

私たちは肉体を持つ前に「光り」そのものだったそうです。統合と寛容そのものでした。肉体を持つということは、個としての経験を得るために分離し、個でありながらシェアし合う体験を獲得するということなのです→詳細:過去記事「分離と統合について/それらが私自身であるならば、戦争や貧困もまた私自身という事になりませんか?」
人(だけではないのでしょうが)は生まれてきた瞬間に分離した存在なのだそうです。生まれてくる前は統合の世界に居たのだとか。 今回は、そう...

私たちは直接的に命のリレーをせずとも、生きている限り必ず間接的に命を紡いでいます。木や草花が結んだ種を、風や鳥が運ぶのと同じです。

あなたのさりげない一言が誰かを救うことがあります。それは誰かの命になります。
あなたが努力している姿に勇気づけられる人がいます。それが誰かの命になります。

直接的な命のリレーでなくても、あなたが自分の人生を懸命に誠実に生きている、それがエネルギーの変化とリレーになるのです。

雨が川になり、川は海になり、海の水は蒸発して雲になり、山の尾根で雨となり、そして川になるのと同じように。

自分が生きる目的を、いつまでも他人頼みにしない

もし、今、あなたが小さな幸せを感じたり見つけたりすることが困難な状況ならば、人生の休息が必要です。

環境、場所、習慣、見方を変えた方がよいのです。

あなたが幸せを感じることができれば、あなたという領域を満たし、あなたという領域からはみ出していきます。

子、パートナー、友人……あなたの周囲の人を幸せにしたいなら、まず、あなたが幸せを感じられるようにするのが近道です。

私の人生は子ども(またはパートナー)のために捧げる、という思想をお持ちなのでしたら、期間を区切ってください。

それが依存心でないか、支配やコントロールではないか、ときおり自己チェックをしてみましょう。

なによりも、それを相手が望んでいるのか?本当に相手にとって良いことなのか?相手の人生の創造を邪魔していないか?黙って遠くから見守ることが大事ではないか?よくよく振り返ってください。

なんのために生まれてきたか。なぜ生まれてきたのか。

それらは人生をかけて創っていくものですから、はじめに答えが用意されているものではありません。

あなたが、これからゆっくり創っていくものなのですし、その創作自体が生まれてきた目的でもあるのです。