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男女論や性別論はほどほどに。『愛されない理由』や『愛され妻になるメソッド』に囚われないで

夫に〇〇してもらっていないから、私は愛されていないんだわな思考と感情になってしまったり、愛される妻になるメソッドを気にしすぎていませんか?

「男という生き物は◯◯だから」
「女脳はこういうものだから」
「お母さんなんだから」

というような、性別によって思考や役割を決めつけることも、愛されメソッドも、いったん手放しましょー!




夫よ、妻に給料を全部渡してみる?

藤村高志さん(有名なカウンセラーさん)という方を知りまして、ブログを読んでみました。

この記事→http://ameblo.jp/takadin/entry-12175123988.html

というわけで、夫にこんな質問を投げかけてみました。

男目線の愛について聞きたいんだけど、“妻に給料を全部渡すという行為は、妻を信頼し、愛しているからである”という意見が男性にはあるらしいですよ。

妻に給料を全部渡さない夫よ。あなたはどう思いますか?

我が家は夫がお金を管理しています。

夫が管理するのは別に良いのですが、何にいくら使っているかイマイチ不明瞭・不透明です。

それもそのはず。「俺が一生懸命に稼いだお金なのだから、好きに使いたい」という発想で、つまり、競馬とスロットに使いたいわけです。(←えー、後に「なんで私だけが節約を頑張ってるわけ?」という喧嘩話し合いをして大幅に削減されました)

お小遣い制度になると、その都度報告しなければならないから嫌なんでしょうな。

夫の命式は「干渉されたくない&自分の好きにやりたい」というのがかなり濃く、またギャンブルもおこづかいの範囲内でやっているようなので、今のところは時々チクチク言う程度にしています。

で、「お財布を渡されていない」私は愛されてないのか?


私:ちょ、このカウンセラーさんのブログ読んでみてー
夫:断る!!(←自分に都合の悪い情報はシャットアウトする人)

夫婦は「呼吸」という考え方

私:

夫に〇〇してもらっていない私は愛されていないんだわ説』があるわけですが、お財布を渡されていない私は愛されていないのでしょうか?

夫:

俺は、夫婦は“呼吸”と同じだと思っている。

呼か吸かどちらかってわけにいかないのが夫婦なんじゃねぇかなぁ。
少しだけ吐いてたくさん吸う時もあるし、その逆もあるけど、とにかく呼吸はセットでするだろ。どちらかになったら、終わりってこと。

夫婦お互いが自分のやりたいようにしかやらなくなったら終わるだろ?

私:

自転車や船を漕ぐのを止めたら、そこで止まる……といような感じ?

夫:

俺は、おまえとどんなにケンカしても、どんなに腹が立っていても、とりあえず帰ってくるだろ。そして、仕事に行って、生活費をどうにか作ってくるだろ。

そういう毎日の繰り返し、営みが呼吸。

そういう毎日の当たり前の繰り返しこそが“夫婦”を作ってる成分なんじゃねぇの。

私:

はぁ?それって、愛なの?話しがズレてない?あんた何言ってんの?

夫:

愛だろ!情も愛だろ!

私:

じゃ、情じゃん。

そういえば、20代のときに同棲していたバツイチの彼氏は、ちょっとケンカしただけで帰ってこなくなっちゃって。

問題と向かい合わずにすぐ逃げる人で、『呼吸』どころか話し合いもなにもあったもんじゃなく、(この人のバツイチの理由、なんかわかった)と思いましたね。

個人事業主になって身に染みて思うのですが、私はお金の管理があまり得意ではないんですよ。やっぱり、子どもには使いがち。

でも、もし夫が在宅勤務・主夫になったとしてこのままお金の管理を夫に任せると……スロット・競馬へのハードルがよりいっそう低くなるわけで、それは怖い。え?夫を信じられないのか、ですって?

刃物とお金は人目につくところに置いたらダメなんですよ。

というわけで、わが家に関してお財布を預ける預けないは、愛とは関係ないですね、ふつうにお金の管理能力によるかと思います。

性別によるメソッドに疑問

ところで、

「男だから」
「女の脳は」
「女性ならでは」
「男と女の生理的な違い」

……といった性別を根拠にした“夫婦関係改善メソッド”や、“もっと愛されるメソッド”が、私はあまり好きになれません。

というよりも、「男は○○だから」と決めつけてしまう姿勢が好きじゃないんですよね。

もちろん私も「性別あるある」トークはしますが、性別をあらゆることの根拠にしてしまうことに抵抗があります。

会社員時代に出会った多くの人々やこれまでの占い経験から、「結局のところ、人によって全く違う」と痛感してきたからです。

LGBTの方からの相談経験から、性にはこれだけの多様性があるというのに性別でザックリと決めつけるなんてできない、と感じたことも大きいです。

愛は、惜しみなく試行錯誤すること

ホルモンの働きや脳の大きさ(なのか領域なのか全く知らないけど)や、筋肉の量なども関係があるのかもしれません。

性別がその人の思想や考え、決断、行動に大きく影響を及ぼすのは当然ですが、「男とはこういうものだから、女はこうしたら良い」という姿勢に終始してしまうのは惜しいと思うのです。

「性別ではなく一人の人間としてパートナーを知ろう。二人なりの関係を築いていこう」と目の前に居るその人と話し合いながら試行錯誤するのも愛情表現の一つだと、私は思うのです。

夫なんだから妻を養って当たり前、なんて言っていると…

「家に帰ってくるなんて、そんなの当たり前じゃん!妻子がいるんだから」ですとな?

男だから女を守って当たり前
夫だから妻を養って当たり前

そんなことを言っていると……

夫も、「妻が家事全部と育児全部するのなんて当たり前じゃん」とか言い出しますよ(すでに言ってる人も多いけど)

俺の親の介護をするのも当たり前
嫁ぎ先の墓の草むしりも当たり前
俺が汚したトイレ掃除をするのも当たり前

母親なんだから冷めたラーメンを食べるのが当たり前
女なんだから出産したら会社を辞めるのが当たり前

……ちっとも当たり前じゃありません!

だから、性別で役割を決めてはいけないのです。

愛も、誰かと比較するとややこしくなる

何事も、他人と比較するとろくなことになりません。「愛」も、他人の基準を自分の基準にしようとすると辛くなります。

聖書に書かれている「愛」
18歳の青年が街角で歌う「愛」
あなたの夫が思う「愛」
あなたが表現する「愛」

それぞれの愛があるからです。

夫や恋人に、「どうして俺の愛と違うんだ!俺の望む愛し方で愛してくれなければ、それは愛じゃない!」と言われたら困ってしまいますよね。

あなたの友人に、「あなたの愛し方ではご主人が可哀そう」と言われたら?

義理のお母さんに、「あなたの愛より私の愛の方が上だわね!」と言われたら?

そうです。比較しちゃだめなんです。

「友人の結婚指輪は30万円なのに、私のは10万円だった。愛されていない!」などと比較していたらキリがありません。

「愛しているならオカズを毎日6品作ってくれ!」とか言われたら、(はぁ?)ってなりませんか?オカズの数で愛を測るんかーいって思いませんか?

じゃあ、愛って何ですか?

という質問を時々いただきますが、私なりの答えですが、究極は

「愛する人が人生を楽しんでくれていたらいいなぁ」と願うこと。

ここに尽きるのではないでしょうか。

コミュニケーションを取りながらお互いの妥協点を見出すことは大事です。それもひとつの愛なのではないでしょうか。

片方だけが我慢し続ける関係はフェアじゃない

もちろん、あなただけが我慢する必要はありません。

●友人と楽しめるものは友人と楽しむ
●理解を得られないパートナーと別れ、同じような価値観のパートナーを探しなおす

こういった行動を取ることもあるでしょう。

過度の飲酒、ギャンブル、女癖、暴言、浪費、虚言、ゲーム課金……など、パートナーが嫌がることをしたり、パートナーを悲しませたりすることが続くのであれば、その関係そのものを考えることになるのは仕方のないことです。信頼関係を築くことができないのですから。

また、夫婦の営みの不一致については、どんなに深く愛し合っていても解決できないケースがあり、非常に難しい問題だと思います。

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