【LGBT】同性愛者・性別違和(トランスジェンダー、性同一性障害)などについて~「男だから・女だから」論は窮屈~

性というものは、男と女に簡単に分けられるものではない

と、思い知ったのは他者に占いをするようになってからなのですが、多様な生き方を隠さなかった友人知人のおかげによるところも大きいです。




男性性・女性性の両方とも持っている

私自身のホロスコープを見ますと、牡羊座で火星と金星がぴったり重なっています。そのせいかどうかわかりませんが、私のなかには確実に“やんちゃな男の子”がいます。

もちろん女の子の部分もありますが、いわゆる「女子力」はかなり低いです。

私は、性別によって性格や性質を語るのはあまり好きではないのです。男性脳・女性脳という例のアレです。

もちろん、ホルモンや筋肉量などから性別による性質の傾向があるのは間違いないと思っています。

小さな子どもを見ていても、男の子と女の子では遊び方に違いはあるように感じます。しかし、私は繊細なレースをこよなく愛しながら屋根の上に登っては飛び降りる、お目々キラキラのお姫様の絵を描きつつも戦隊モノもカッコイイ!という子どもでした。

性別は、思想や行動の決め手ではなく、「もともとの性格と環境(時代、国、保育環境など)」が大きい影響を与えているのではないでしょうか。

私の子どもを見ていると、性格や個性には遺伝はあまり関係ないように感じます。生活を共にしていますから、もちろん似るところもたくさんありますが、まったく別の人格だなぁと見せつけられる毎日です。

誰もが男性性と女性性の両方を持っていて、もともとの性質や環境によってその比重に違いが出るのではないか?と私は考えています。

ホルモンというところから見れば「体質」と言ってもいいのかもしれません。

個性を隠さずに接してくれた友人たち

思春期という状態は、精神にせよ肉体にせよ伸びしろが大きいので「可能性」があらゆるところに手を伸ばします。

同性の友人から告白されたことがありました。

私も友人が大好きだったのでそのまま喜んでいたら、「ん?これはどうも違う“好き”だな……」と気づいたわけです。(鈍感ですみません)

さて、どうしたものか。

と、誰にも言えずひとりで悩んでいるうちに、その友人にめっちゃカッコイイ彼氏ができて、ポカーンとした思い出があります。

友人がバイセクシュアルだったのか、あるいは思春期ならではの「可能性の振れ幅」だったのかはわかりませんが、自由な友人のおかげで「いろんな恋愛や好意がある」ということを知ったのです。

その後も、ハンサムウーマンな友人から「合コンで出会った男に言い寄られているんだけど、男に興味がまるで無い。男を好きになったことがない」と相談されたり、男性の友人からは「彼女を愛しているのに性的な欲求を抱くことができない」と打ち明けられたりしました。

恋愛と性的欲求がセットの人もいますが、まったく別次元の人もいます。

あるいは恋愛感情は抱くけれど性的欲求は抱かない人もいます。もちろん、その逆もあります。

友人を通して、多様な性とナチュラルに出会えたことが私の視野を広げてくれたのです。

セクシャルマイノリティの悩み・苦しみ

「占い」を介して心情を吐露される方々(同性を愛する方であったり、性別違和、トランスジェンダー、性同一性障害の方)の、差別への恐怖や誰にも打ち明けられない孤独を知って「性というものは、男と女に簡単に分けられるものではない」と思い知りました。

また、アセクシュアル(無性愛)、ノンセクシュアル(非性愛)という言葉はお客様から教えていただきました。

アセクシュアル(無性愛)は、他者に恋愛感情も性的欲求も持ちません。
ノンセクシュアル(非性愛)は、恋愛感情は持っても、性的欲求は持ちません。

セクシャルマイノリティに限りませんが、「ありのままの自分を大事にして生きる」という、たったこれだけのことが困難な世の中だと感じざるを得ないこともあります。

「男だから・女だから」と決めつける性別論はやめよう

「男性は他者に共感しにくい生き物である」というような表現をよく見ますが、それは環境次第・人次第・経験次第です。

私の夫は共感スキルが徹底的に無く、びっくりさせられたことが何度もあります。それでも子どもが生まれてから夫婦喧嘩を繰り返し、ずいぶんと変わりました。(マイナス100が、マイナス30くらいになったかな……疲れました)

夫が主夫になったら、家事・育児・医療機関通い・危険予測・ママパパ友とのお付き合い・義理の親対応・ご近所対応・PTA役員などなどに関わっているうちに、どうしたってある程度の共感スキルは上がるでしょう。

しかし、自分と他人の境界がとてもはっきりしているの夫ですから、どんな環境になってもさほど高くならないのだろうなぁ、とも思います。(もちろん、多少は高くなるでしょう)

各人の持って生まれた性格によるので、共感スキルに性別は関係ありませんし、夫の“自他の境界線スキル”も、共感力とはまた違う強みなのです。

なにごとも、男だから、女だからというよりも結局のところ、「人による」「環境による」「経験による」のです。

性格や個性に「男だから・女だから論」を持ち込むのは窮屈だし、ムリがあるんじゃないかな、と思います。

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