少しだけオカルト・裏話☆トーク

今日はちょっとした占いの裏話やオカルト?な話しを書きますが、そのオカルトな話しを書くために「ソウルメイト・カルマメイト」「カルマの解消」についてまず触れたいと思います。

良いカルマ?悪いカルマ?

あなたとご主人はカルマメイトですよ」「お子さんとはソウルメイトですね!

なんて、簡単に見分けがつくのかと言うとそうでもありません。

どちらにせよ、「あなたに必要な縁である」という点では同じです。

カルマという言葉にあまり良い印象がないかたのほうが多いかもしれません。ちょっと怖い天罰のようなニュアンスで使用されがちですからね。

でも、本来は良し悪し全部ひっくるめてすべての言動を「カルマ」といいますので、あえて区別を付けるのであれば、「良いカルマ」「悪いカルマ」という表現をすることになります。

とはいえ、起こった出来事やあの言動が良いか悪いかなんてなかなかジャッジできるものでもありません。

「あの人は良い人ね!」「なんて嫌な人なんだろう」と言う発言はあくまでも「自分にとって良い人」「自分を嫌な気持ちにさせる人」という主観的な基準です。

良い人なのか、悪い人なのか?……これは、視点の持ち方で大きく変わる部分があります。

ソウルメイト・カルマメイト

カルマメイトは結果的にその人の「ハードル」「克服すべきこと」を教えてくれる相手。
ソウルメイトは魂のパートナー、あるいは魂のプロジェクトチームの仲間です。

カルマメイトの例

●愛のビンタかそれ以上のビンタをぶちかましてくる人
●どうしようもないダメ男に尽くす的な状態
●初めは強烈に惹かれあったのに、結婚してみたら憎くて仕方ない!

こんな雰囲気でしょうか。

初めは強烈に惹かれあったのに、深い仲になったら嫌なところばかり目に付く!というのは、スピリチュアル界の面白い計らいだと思います。

キレイな包装紙で包んであるものの方がよく売れますからね。

ソウルメイトの例

●二人三脚で歩むパートナシップ
●他の人ならば気になって仕方ない欠点が、その相手だとさほど気にならない
●似たような人生の学びをテーマとし、その学びをシェアできている人

仲が良いからソウルメイト、というわけでもありません。

特に仲良しではないがお互いの存在感が自然である、というような関係。
距離は離れているけれど何となくわかり合えている、そんな関係。

例えば兄弟の太郎さんと次郎さんがソウルメイトだったとしましょう。

同時期に、

太郎さんは離婚をして、パートナーシップや愛について学び、
次郎さんは結婚をして、パートナーシップや愛について学ぶ。

そんなふうに「学びのテーマ」が同じであり、その学んでいる過程を自然に共有し合えるのがソウルメイトの特徴のひとつです。

カルマの解消

カルマを解消するひとつの手段としては、「今日の私に起きた出来事は、かつての私が起こした出来事である」という視点を持つことが大事ですが、口で言うほど容易いことではありません。

誰でも、自分がその立場になると被害者意識におそわれるからです。

自分が出した想念・行動は自分に還ってくるはずですが、直接自分に還って来ず、配偶者が尻拭いしたケースもあります。

愛する家族を通してのメッセージの方が心の奥底に届くこともある、確かにそういうことはありますよね。

生霊や因縁が家族やペットに出るのはなぜ?

生霊や因縁に関して、なぜか呪われた本人や逆恨みされた本人ではなく、子どもやペットに出ることもある、とはあるお坊さんのお話しです。

そのお坊さんの考えでは、エネルギーが「弱い」、あるいは「敏感」な子どもやペットに(霊障)が出やすいのだ、ということのようです。

別の霊能力知人から教えてもらった話しでは、霊力の高い子どもがお母さんやお父さんを守ってあげたくて(霊障)を半分ほど請け負うこともあるそうです。その親は、(霊障)にまで発展するような人間関係を清算することを愛するわが子から教えてもらったわけです。

霊能者の孤独

私は、占いやオカルトの世界に“つま先”がちょっと入っている程度の者です。

占い活用コンサルタントも現実的な視野からのアドバイスがほとんどですし、私にオカルトを期待すると、とんだ期待外れになります。

私には、有名な霊能力者のように「亡くなった妹さんがこのようなことを言っていますよ」という能力はありませんし、霊能FBI捜査官のように事件現場で犯人がどの方向に逃げたかを当てる能力もありません。箱の中身を透視することもできません。

しかし、片足、いえ、オカルトな世界と交差した日常を生きる霊能力知人は、「自分は幻覚を見ているのかもしれない、すべて妄想なのかもしれない」と、言っていました。

生まれつき、みんなには見えないものが見えた人ですから、このようなことを誰かに言われたのかもしれません。孤独感をいつも抱いていたのではないでしょうか。

占いやスピリチュアルに関わる時の注意点

古民家のカフェに行ったときのことです。

藤の花の柄がとても素敵な、淡藤色(あわふじいろ)の着物を着た女性が店内にいらっしゃいましたが、実際にいらっしゃる方ではありませんでした。

会計を済ませてお店を出ると、その方がお店の玄関の外まで見送ってくれました。

ある時はお客様の隣りに中世ヨーロッパの貴族男性が見えました。お客様の隣で一生懸命にアツく身振り手振りを交えて話しているものだから、ついつい笑ってしまいました。

こういう時に、霊能力者の知人が言っていた言葉を、私も思うのです。

「私は一体何を見たのだろう」

占いやスピリチュアルに関わるということは、その世界に触れるということです。しかし、その世界に深く浸かるのは危険だと強く認識しています。そこには現実逃避、依存、歪んだ承認欲求など、不健全な精神状態が穴を開けているかもしれません。

否定はしないけれど、一歩引いた目線

プロフィールにも書いていますが、子どもの頃から占い師や霊感体質の人を身内に見ていたので、どこか冷めたような、一歩引いた目線がありました。それと同時に、決して否定できないのです。

いつも、常時、そういったものが見えるのか?と言うと、まったくそんなことはありません。

この記事のように、突然見えることは本当に時々です。
→「夫との運命の出会いは、他界した母のお墓参りビジョン

鑑定(リーディング、コンサルティング)の最中にコンシャスチャネリングをしますが、その現れ方は様々。

私の場合は、私のハイアーセルフと相談者のハイアーセルフの認可がおりたものを垣間見させてもらっている、というような感じかと思います。

相談者の家族が私に思いをぶつけてくることもあれば、相談者の過去生がメッセージを伝えてくることもあります。

相談者のハイアーセルフはそこに見えるけれど、何も語らず、ただただ静かに見守っているだけ、ということもあります。

何も見えないことも、もちろんあります。

何も見えない時は、何も見えなくて良いのだと思います。先入観や思い込みを避けるためであるとか、失敗という道を通らねばならないこともあるためなのでしょう。

占いコンサルタント【シロツメ草の花冠】

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