2018年1月のタンカー事故による油流出ついての私感と、今年(戊戌)の運気を占いから眺めます

2018年1月6日に、深刻な海上事故が発生しました。

私は占いというツールを使う者ですので、占いを介在させて考えてみたいと思います。

2017年2018年の概要は、昨年と今年の年末年始にさせていただいた運勢鑑定を基にしました。

タンカー事故概要

この事故により、硫黄、ヒ素、水銀、鉛などを含むという有害性の高いコンデンセート油が大量に流出しました。

「これまでの史上最悪の海洋環境事故を上回ることが起きるかもしれない」そして「その被害のほとんどを日本が受けるかもしれない」と言われています。

今日は、タンカー事故についての私感を占いを交えて書きます。

今年の運勢鑑定や個人コンサルタントのご依頼が重なり、なかなかブログを書く時間を取れずにおりました。とくに今回のブログは、原発事故による放射能汚染に続いてのこの深刻なニュースをどのように受け止めたら良いのか?を、自分なりに考えたい思いもあって、書くのに時間がかかりました。

また、友人やお客様からも事故の影響についての不安や、家族間に発生したわだかまりについて相談を受けています。

そういったことも含めてのブログになります。

参照①
前代未門のタンカー事故、日本沿岸部への影響は?超軽質原油コンデンセートとは?(2/9追記)
https://www.surfnews.jp/news_topics/news/2235/

スクリーンショット

参照②
もうじき日本の海が死ぬ : 「史上最悪の原油流出」が日本の海域を直撃する予測が英国海洋センターより発令。3ヶ月以内に九州から東北までの全海域が汚染される可能性
https://indeep.jp/worst-oil-spill-will-hit-japan-soon/

「コンデンセートは揮発性が高いから大部分は揮発したのではないか」
という意見や、
「寒さ厳しいこの季節では揮発せず、海水のうねりによって海中に混ざったのではないか」
という意見があります。

「占い」からご時世を見る

まず、四柱推命(しちゅうすいめい)という占いから、昨年2017年と今年2018年を眺めてみようと思います。

【2017年 丁酉(ひのと・とり)の振り返り】

2017年2月4日から2018年2月3日まで、丁酉(ひのと・とり)という年でした。

ちなみに四柱推命では新しい年の始まりは1月1日ではありません。
立春の2月4日ころになります。2月4日ころというのは、必ず毎年2月4日が立春になるとは限らないためです。

丁(ひのと)とは、のことです。

四柱推命は、(もくかどごんすい)の5つの要素からなり、その5つの要素にはそれぞれのエネルギーがあると考えます。

土台は5つですが、それぞれがあるので10個になります。

木→甲・乙
火→丙・丁
土→戊・己
金→庚・辛
水→壬・癸

イラストACより五行の生剋図

まさか、イラストACで五行の生剋図を見るとは思わなかったので驚きました。

のエネルギーを持つです。

これは、人工の火に例えられ、蝋燭の炎松明の火ランタン、調理や消毒に使用できる火から火事火災のようにコントロールできない火も含みます。

の活躍のフィールドが夕方から夜間であるとか、影になった場所であるとかの意味合いを考慮し、私は【灯りで照らさないと見えないもの・状況】【介在者が必要なもの・状況】という読み方をする場合があります。

そして酉年のですが、こちらは季節で言えば、9月の秋。
時間で言えば17時から19時。
方位は西です。

は陰陽五行では陰の金となり、庚(陽金)と辛(陰金)を蔵しています。

さんずいにの組み合わせは酒です。もともと酉は酒壺を表す文字でした。

秋に収穫した実を保管する壺であるとか、
醗酵(こちらの漢字にも酉が使用されています)させたり、調理したりするのに欠かせないのが壺です。

さて、2017年はがセットになったわけですが、どう見るのでしょうか?

火によって金が溶けることもあれば、刀を熱し叩き鍛える如く強度が増すこともあるでしょう。

それは金と火の力量の問題です。

セオリーとしては、火は金を剋す方向に動きます。

剋されて強くなった金は木を剋します。あるいは剋されて弱くなった金は木を剋することができません。

さて、剋すという言葉を少し変えてみます。

「火によって壺として完成したので、木の実を納める」

こういう見方も可能となります。

もちろん、「火力に耐えられなかった壺は砕け、木の実を貯蔵することはできなかった」というように見るケースもあるでしょう。

つまり、2017年はこの両方のケースが起こり得た年だったと考えます。

何かが成し遂げられ、次世代に引き継がれる、というような意味合いの出来事
何かが壊され、入るべき中身は入る場所を失う、というような意味合いの出来事

あるいは、

何かを鍛え上げるという意味合いの出来事
何かが溶けてしまうという意味合いの出来事

そのように連想することが可能です。

ほかに、灯りといった意味もありますからと一緒に見た時のイメージとしては…

秋の夜の17時から19時頃。
陽が地平線に沈み、暗くなりました。
やや肌寒く感じます。
電灯と暖かい食事が欲しくなる季節・時間帯です。

そういったイメージから、

暗闇に紛れて見えなくなりそうでいながらも、灯りに照らされるような出来事
蝋燭の炎のように小さな揺らぎだったものが、どうにか消えずに燃え続ける

このように発展させることもできます。

さらに、を燃料の入った容器と見た時、それは武器・ミサイル・ガスボンベ・燃料タンク・燃料の移送船などと考えることができます。

そこへ火ですから、戦争や戦闘、軍事演習を連想する占術家は多いでしょう。

飛行機や船、自動車などの金属でできたものや、何らかの燃料が入ったものが爆発するような事故も連想されます。

2018年 戊戌(つちのえ・いぬ)

そして、今年2018年。

2018年(平成30年)2月4日の立春から、新しい年、戊戌(つちのえ・いぬ)が始まります。

もちろん、2月4日ピッタリに春が来たり、立夏の日に突然夏らしくなるわけではありませんから、運気の変わり目は双方混ざるという考えです。

は「土」です。陽の土を表し、山や堤防、岩、固い大地が形象です。また、カマドや暖炉のイメージで語られることも多いでしょう。

山には埋蔵物が隠されていたり、あるいは空洞があったりしますが、外から見ることはできません。
発掘するか、地震や地割れ、山崩れなどによって初めて判明します。

それらのことから、「」にはある意味での二面性があると見ます。

表面的には変化しやすい性質があり、流行に敏感でミーハー、プライドが高いなどとして現れる一方、内面は頑固です。

ではセットの戌(いぬ)の方に注目してみましょう。
辛・丁・戊を蔵した「」です。

は「農作物が収穫された後」の状態や、「溜め込むための容れ物としての土」というイメージです。が壺であるという解釈と似ていますが、その壺をしまう地下室や地面の中という雰囲気が近いように思います。

季節は晩秋10月下旬、方位は西北、時間は19時から21時を表します。

季節も方位も時間も、移り変わりの最中にあたり、エネルギーが出たり入ったりする扉のような位置にあるのが戌です。

【戊と戌の組み合わせ】

の両方ともであることから、土・山・カマドといったエネルギーを強く感じます。貯蔵庫としての山や大地、冬へと季節が移り変わる山や大地といった土のエネルギーに満ちています。

あまりフワフワしたところのない、とても現実的で地に足の着いた生き方が見直され、注目されるのではないでしょうか。

ある意味では「保守的」「同調圧力」のような雰囲気も見られるかもしれません。

農作物・農業のありがたみや尊さを再認識する、また、糠漬けなどの保存食や菌に関する知恵にスポットが当たるのではないかと思っています。

「土の中から出現する」ということでは、今までにない歴史的な発見・発掘がある可能性も考えられそうです。

キーワード:

・不動性/突然動く
・安定、不変/突然の不安定
・流動しているものを制する働き
・反転して突然のダイナミックな動
・地震、地割れ、陥没、崩落、墜落
・噴火、爆発
・埋蔵されていたものの出土
・鉱脈、水脈、温泉
・発掘
・地下に関係する出来事
・保存に関する発明
・山に関する出来事
・隠し事が明るみになる(所有、金銭、土地)
・圧力、プレッシャー
・二面性
・何かを貯める作用
・マンネリ
・保守的
・目には見えないところでの動き、準備でき次第の表面化、知らなかった人は驚く

不動産や財産なども含め、表面上は堅実な生活を送っているようでいて、水面下では違う動きがあり、ある時突然その静寂さを破る…そんなニュアンスを感じます。

2017年は人工的な爆発のイメージでしたが、2018年はどちらかというと大地の地割れや噴火のようなイメージです。

占いや開運の“源”にあるもの

ここまで、「占い」の観点から2017年と2018年を見ました。上でも書いたように、私は占いをする人間ですから、開運という言葉も好きです。

特に神社めぐりは私の心を落ち着かせてくれる最も身近な開運行動です。

神社はスサノオやオオクニヌシなどの神様をお祀りしていますが、その土地そのものをお祀りしている場所であると私は認識しています。

その土地には太古の昔…

コンコンと湧き出でる清水があり、多くの生き物を育んだのかもしれません。
立派な巨木や不思議な巨石があり、神が降りてくる場所であったのかもしれません。
祈りを捧げると海は静まり大漁を恵んだのでしょう。
森は豊かな実りや木材を与えてくれたでしょう。
医療や調理に活用できる植物と、その知恵・知識は神でした。
火と水は神そのものであり、太陽や星はまさに神でした。

人が神の領域に住まわせてもらっていた時代が何千年続いたのでしょうか。いえ、何万年でしょうか。

すなわち「自然そのものが神なのだ」と、神社めぐりをしていてつくづく感じるのです。

パワースポットは大抵、自然豊かであるか風光明媚な場所にあり、地球との一体感を思い出させてくれるものです。

同時に私たちは自然の怖ろしさも知っています。台風、雷、地震、火山噴火、津波、洪水、土砂災害……自然に対して恐怖と畏れを抱いています。

命を与えもするが、奪いもする自然。

私なりの考えですが、

●恐怖・畏れを現す自然(神)が荒魂(あらみたま)
●癒し・育み・恵みを現す自然(神)が和魂(にきみたま)

そのように考えています。

優しい顔だけでなく、非常に厳しい顔をも同時にお祀りしてきた古代からの信仰心。

それらを垣間見ることができるのが寺社仏閣であったり、パワースポットなのではないでしょうか。

ですから、信仰心の源である自然が深刻な汚染に見舞われる事態となってしまったことに対して様々な感情があります。

子どもは欲しいけど、こんな世の中では可哀そうで…

これまでに、若いカップルやご夫婦を占わせていただいた際に、このような言葉を聞いたことがあります。

「こんな環境で生きていくのは可哀そうだから」
「こんな時代に生まれても、生きるのが大変だろうから」

いまどき、敢えて子どもを作らない夫婦や、結婚しても子どもは欲しくないと言うカップルは珍しくないように思います。

結婚そのものが強制ではなくなり、出産に対しての圧力もぐっと下がった時代背景もあるでしょう。

「子どもは可愛いし好きだし欲しいけれども、育てる経済的な余裕がない」という意見も確実に増えていると思います。経済的な不安から二人目を諦める夫婦も決して少なくありません。

しかし、そういったこととは少し違うのです。

「こんな環境で生きていくのは可哀そうだから」
「こんな時代に生まれても、生きるのが大変だろうから」

私はオバチャンですが、こう言った若いカップルの気持ちが解る気がするのです。

私は氷河期世代、ロストジェネレーションという世代です。
派遣社員としての雇用が急激に増え、正社員採用が困難になった世代です。

私が大学編入を考えていた19歳の時、すでに新卒の就職状況が悪かったことや、アルバイトを通して世間の先行きの悪さを感じていました。

そのために奨学金を借りて大学に行くことを断念しました。専門職であればまた事情が違ったのでしょうが、私が目指していたのは宗教美術や哲学。就職に有利になる分野ではなく、返済に行き詰るのではないかと危惧したからです。

2003年に出版された「年収300万円時代を生き抜く経済学」(森永 卓郎 著)を読んだ時、まったく驚きませんでした。実感が裏付けられたような気持になったのを覚えています。

ブラック会社、過労死、自殺、モラハラ、パワハラ、セクハラ…どんなに頑張ってもボーナスは出ない、役職には付けない…そういう現実とともに20代30代を生きてきました。

そして、懸命にもがく人たちに「自己責任」「甘え」「努力不足」と言う人たちをたくさん見て来ました。

「こんな環境で生きていくのは可哀そうだから」
「こんな時代に生まれても、生きるのが大変だろうから」

それもそうだなぁ…と、共感する部分は少なくありません。

とはいえ、実際のところは生まれてきた本人にしか解かり得ないのです。

大恋愛をして、愛し愛される人生を送るかもしれません。
砂漠に雨を降らせるような発明をし、世界を飢えから救う人になるのかもしれません。
さりげない優しさが、隣人の心を救うのかもしれません。

子どもたちの人生を悲観するのは決して良い雰囲気ではありませんが、若い人たちにそう思わせた私たちとその上の世代の罪深さを思わずにいられません。

今回の事故でも、わが子に何と話しをしたらよいのか、戸惑いを隠せないでいます。

感情と理性の分離ではないそれぞれの活躍を

起きてしまった事実を無かったことにはできません。

私自身も、また幾人かの友人やお客様もこの事故にショックを受け今後を憂い心配しています。

こんな時は、感情と理性を混乱させないことが肝要なのではないでしょうか。それは、感情を殺すことでもなければ理性をストップさせることでもありません。

大切なのは、「感情のままでいる」時間を作り、思いのまま気持ちを表現することを自分に【許す】こと。

その一方で実際的な対処をとる必要がある場合は、「理性」が活躍する時間を作り、情報収集をしたり判断をしたりすることを自分に【許可】しましょう。

「辛いけれど仕方ない、悲しいけれどこうするしかない」というように、感情と理性を無理矢理合併させるのではなく、

「辛い出来事に対して、今はこのように対処していこう」と、感情と理性が独立した状態でありながらもそれは決して分離ではなく、互いの協力関係として機能させられるようにしたいものです。

今年のポイント

タンカー事故のことで、妻が不安感を夫に打ち明けると、「そんなことを言っても仕方ないだろう」と、夫が話しを一方的に終わりにしてしまうという相談を受けました。

こういう時は、会社のモラハラに置き換えてみると想像しやすいと思います。

実際にモラハラがあるのか?客観的な事実としてどうなのか?はここでは重要ではありません。

「会社で虐めにあっている」「モラハラが辛い」という感情や主観を家族に無視されたり軽視されたら、とてつもない孤独を感じるはずです。

妻の「感情」に蓋をしてしまうのではなく、その感情を表現させてあげてください。感情を共有することは、無理にしなくてもよいです。ただ、情報は共有してください。

その不安はどうしたら軽減されるのか、今できる範囲のベターと、できるできない関わらず本質的なベストを話しあってください。

今年の戊戌というキーワードを見ても、例えば、感情を理性で覆い隠してしまうと何かの拍子でドカッと蓋が開くかもしれません。もちろんその逆も然りです。

今年最大のポイントは、圧や歪みを作らない・生まないように過ごすことなのかもしれません。

占いコンサルタント【シロツメ草の花冠】

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保志