占いコンサルタント視点の『トイ・ストーリー4』ネタバレ感想〜ウッディの諦観と決意〜

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トイストーリーのウッディ(手描きイラスト)

子どもに「ぜんぜんちがう」とダメ出しされたウッディ

トイ・ストーリー3では本当に泣かされましたねぇ……1も2も泣きましたけど、3は嗚咽を堪えられませんでした。

さて、早速ですがネタバレをおおいに含む感想に入ります。

まだ観ていない方には先入観につながってしまう可能性が高く、あなた独自の映画鑑賞の楽しみを奪うかもしれません。

…というわけで、よろしいでしょうか?

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映画はもう観ました?

大丈夫ですね?




「あの頃は良かった」─己の存在意義を見出すことに必死なウッディ

私には、ウッディが50代60代のおじさんに見えてしまって仕方なかったんですよ。

日本が好景気に沸いた「バブル」の時期に就職でき、正社員としてバリバリ働き、順調に管理職になった世代のおじさんの定型イメージと言いましょうか。

面倒見が良く、責任感もあり、おまけに育ちも良い(ウッディは保安官ですし、コレクターが欲しがる価値あるおもちゃです)

仕事にまじめに取り組み、やりがいを感じながら切磋琢磨し、プライベートでは結婚し、子にも恵まれ、マイホームを手に入れました。(←例え話ですよ)

(若い頃は、能力の高い後輩のバズを嫉妬から陥れたこともありましたが、後に最高のバディとなりました)

しかし……今やどうだろう。

先代の社長から今の社長になった途端に他社と合併。

事実上の降格。後輩たちにも取引先にも変な気を遣わせてしまっている有様。(例え話ですからね)

世間では非正規雇用が増え、モノは売れなくなり、給料は減った。とはいえ、リストラされないだけでも御の字だ。

あの頃は良かったなぁ……
やりがい、活力、充実した日々。
30年以上に渡って会社に忠誠を尽くしてきた。
家族のために頑張ってきた。
なのに、なぜ俺の居場所がないんだ?

……っていう50代60代男性ウッディがやたらと重なって見えてしまったんですね。

私自身は超氷河期だとかロストジェネレーションだとか言われる世代ですが、先輩がバブル世代で上司や親が団塊世代だったので、妙な既視感がありました。

そして、50代60代男性の上司のなかには「これだけ頑張っているのだから(尽くしているのだから)、自分はここに必要なはず」……このように、自分の存在意義を定義している人もいました。

残念ながら、このような上司はとても頼りなく見えました。

どう考えても家庭を優先すべきでしょ!という時に仕事していたり、上司との飲みを優先したり……

「大雪で電車が動いていないけど会社に行かなければ……」
「上司が望んでいるからモラルに反することだけど……」

あなた自身の考えやポリシーはないのですか?
あなたの人生と会社が完全に混ざっちゃっていませんか?

カーナビの指示通りに運転をしていて、海に車ごと落ちたという話しを聞いたことがありますが、どことなく似ています。

ウッディが、「持ち主が」という言葉を発する時はまるで、「有名企業で部長しているボクなわけだけど」と言っているかのようなニュアンスが漂います。

自分の役割と居場所に不安がつきまとうウッディとボー・ピープの再会

ガッチガチに固まった固定概念でいっぱいのウッディが、手づくりおもちゃのフォーキーと出会い、彼の面倒を見ていくうちに、ウッディにとっての非常に根本的な部分を見つめ直していくことになります。

おもちゃの誇りとはなんだろう?
おもちゃの役割りとは?
おもちゃの存在価値とは?
……俺のなすべきことは?

自分の人生には、「もはや萎んでいくことが透けて見える現状維持しか残されていない」と思い込み、居場所のなさや役割がなくなっていく恐怖に怯えるウッディ。

昔の仲間だったボー・ピープの大いなる変化と進化を目の当たりにし、びっくり!

一回りも二回りも……どころか、2000回りは大きくなったボーと出会い、ただただ驚愕します。

ボーの逞しさは、自立だとか成長だとかで済むようなものではありませんでした。それはまさにサバイバルで生き残った者だけが醸し出すオーラだったのです。

己の居場所を承認するための行動から「諦観」を経て「無償の愛」へ

ボーとの冒険を通して、「持ち主がいないおもちゃは迷子のおもちゃ。迷子のおもちゃはかわいそう、不幸」というウッディの固定概念が崩れていきます。

新しい価値観をボーがもたらしてくれたのです。

ウッディは持ち主であるボニーのためにあるものを手放す決意をしますが、その自己犠牲は後に素晴らしい出会いへつながり、形を変えて、ウッディの不変の願いは叶えられることになります。

手放す決意をした時、ウッディは「迷子のおもちゃである自分」をまるごと受け入れたのではないでしょうか。

ウッディは前の持ち主(アンディ)のお父さん役も担っていたわけで、やっぱり「特別なおもちゃ」だったんですよね。

アンディだってウッディだけは大学に連れて行こうとしていたのですから。

アンディとの深い絆。そんな最高の経験があったからこそ、「持ち主に尽くす」ことがウッディの譲れない誇りになったのです。

だからこそ、迷子のおもちゃ(持ち主のないおもちゃ)だけにはなりたくない!という無意識の差別があったのではないでしょうか。

それが、フォーキーへの痛々しいまでの働きかけにつながったんじゃないかな、と思います。

役に立つ存在でなきゃ、俺はここに居られない

ウッディがあるものを手放したとき、いわゆる「諦観」の心境だったのでしょう。

この諦観があってこそ、最期の行動になるのだと思えるんですね、私には。

自己犠牲から無償の愛へ。
持ち主に尽くす人生ではなく、自分が自分のためにベストを尽くす人生へ……

ボー・ピープとウッディはタロットの「恋人」カードを連想させる

ボーとのやりとりは、タロットカードの恋人のカードを連想させます。

恋人

wikipedia

パメラ・コールマン・スミス (-1951) – Holly Voleyによる1909年版のスキャン画像。ファイルは http://www.sacred-texts.com/tarot/

恋人のカードで連想するのは、知恵の実を食べたアダムとイブです。

イブが神に背きアダムをそそのかした悪女のような印象を持っている方もいるかもしれませんが、まったく違う見方もできます。

信仰とは、神を疑わずにただただひたすらに信じることであり、神からの恵みを享受しておれば良い。

もしこのような定義であるならば、イブのチャレンジ精神や好奇心は確かに罪だったのでしょう。

しかし、それはあくまでも信仰(疑わず従順に神のみを信じる)という眼鏡をかけて見た世界観です。

「それって本当かな?違うんじゃないかな?もっと知りたい!」
「あの果実だけは食べるなと言われけれど、だったらなおさら食べてみたい!」
「食べてみたらすごく美味しかったから愛する彼にも味あわせてあげたい!」

そのような発想力、行動力、冒険心は個人のみならず社会全体の成長に欠かせないものです。

ボー(イブ)は、ウッディ(アダム)の新しい世界への扉を開いたのです。

変わるものと変わらないもの

実直にまじめに与えられた役割をこなすアダム的な思考も大切ですが、ときにはイブのように「心の声に従いたい!」というエネルギーもとても大切です。

保守的な人と革新的な人。

陰と陽。男と女。朝と夜。

そして、陰と陽も、男と女も、朝と夜も、全てはグラデーションのように巡ります。

タイでは性別が18種類もあるそうですよ。確かに、性はそんなに単純なものじゃありませんものね。

なにごとも簡単に二極に分けられるはずがないのです。

おなじように、役割や価値観にも多様性と可能性があります。

自分は何のために生まれてきたのだろう?
役に立つとはどういうことなのだろう?

その答えは、ウッディの決断であるかもしれません。

ギャビー・ギャビーの決断も、バズや仲間たちの決断も、もちろん答えのひとつです。

「おもちゃは子どもに寄り添う存在」というところだけはブレず、しかしその関わり方や働きかけ方は多様でよいのです。

変わるものと変わらないもの。

そんなことに思いを馳せずにいられませんでした。

ちなみに、

役割や仕事も大事にしながら、かつ、自分たちの人生を謳歌する。そんな調和のとれた暮らしを実現させているおもちゃがいましたね。

ケンとバービー……めっちゃ好き。

おまけ

ウッディって、バズにめちゃくちゃフォローしてもらっていましたよね。

ウッディはもともと保守的なタイプだからこそアンディにもボニーにも忠誠心を発揮してきたのだと思うのです。

性格が組織のなかの管理職向きなんじゃないですかねぇ。ちょっと頼りないから部下がフォローしてくれるタイプの。

でも、そんなウッディだからこそ、他者への愛と自己への愛をどのように調和させながら人生を謳歌していくのか楽しみです。

新しい場所でのご活躍をお祈りいたしております。

ちなみに、うちの年長さんはフォーキーのキャラをいたく気に入っておりましたが、サンダーバード人形みたいな彼らのことはかなり怖がっていました(笑

あの走り方、怖い!

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