神様に呼ばれないと行けない神社……のウワサ

◯◯神社は呼ばれた人しか辿り着けない

こんな言葉を聞いたことはありませんか?神社やパワースポット好きの方ならきっと一度や二度は聞いたことがあるはずです。

ここ奈良にも、そうウワサされている有名な神社があります。

神様に呼ばれないと辿り着けない神社がある?

こんにちは。保志です。

ウワサの神社は、奈良県吉野郡十津川村の玉置山に鎮座する玉置神社(たまきじんじゃ)です。

さて、「神様に呼ばれないと行けない神社」というものが本当にあるのでしょうか?

10年ほど前、和歌山県の紀伊勝浦から玉置神社へドライブしました。

朝陽の熊野灘は清々しく、新宮川のエメラルドグリーンに感動したことをよく覚えています。

しかし、やがて道路の幅はどんどん狭くなり、分け入っても分け入っても山、山、山、山、山……。

玉置神社への道のりはなかなか厳しいものでした。

距離感も雰囲気も、奈良より熊野(和歌山)の色合いが強いように感じました。

玉置神社は熊野の奥宮とも言われていますし、あの時は熊野の神社を巡る旅でしたから、なおのことそう思ったのでしょう。玉置神社の詳細については後ほど記事にします。

今回は、『神様に呼ばれたかどうかを気にするよりも、「来られて嬉しい!」と素直に喜ぶ開運に繋がる理由』を書きます。

玉置神社

玉置神社

玉置神社

玉置神社

標高の高い山頂に鎮座している神社や、冬季は雪に閉ざされる神社など、場所によっては地理や気象条件が大変に厳しいお宮もあります。

玉置神社へも「ぜひまた行きたい!」と思いつつ実行できていないのは、やはり大変だからに他なりません。

辿り着くのに困難な神社に行けると、特別感も相まってとても嬉しいものです。

とはいえ、それは他の観光地でも同じこと。もっと言えば、自分の住む街だって同じなのです。

「引き寄せ」の流れを変えるには、素直でストレートな感謝・感動を

辿り着けて嬉しい!という特別な日の感動は毎日の生活エネルギーに良い影響を与えます。恋愛や特別な休暇もそうですよね。

普段の生活のなかで、「毎日がワクワクすることや感動できることばかり♪」という人をそうそう見かけません。

とはいえ、実のところ毎日の生活で感激すべきことはたくさんあるのです。

「自分、二足歩行しててすっげぇな!」
「蛇口からお湯が出るなんて最高!」
「自分以外の人が料理を作ってくれるなんて、どんな天国!?」

探せば、そんなすごいことが周囲には溢れています。なのに、いつのまにか不平不満の方が多くなりがち。

気づかぬ間に潜在意識に不平不満を溜め込み、いっそう不平不満の波動が大きくなります。

大きな波動は、感動や感謝といった細やかな波動をかき消します。

すると、よりいっそう不平不満にフォーカスしやすくなるので、引き寄せの法則が働きます。↓
運気が下がると、よくない選択肢を選びがちになるのと同じことが起きます。

この流れを変えるのが、嬉しい!幸せ!ありがとう!というストレートで素直な喜びです。

ですから、お墓参りや神社参拝は、感謝スイッチが入る良い機会なのですね。

感謝・感動は、ストレートに素直にするのが良いのです。

感謝することが思い浮かばない方は、あなたが生れてから数ヶ月間のことを思い出してみましょう。

誰もが、かつては泣くことしかできない赤ちゃんでした。

視力も聴力も体温調節機能もなにもかもが未発達で、頭が痒くてもかけなくて、首を動かすことすらできませんでした。

人間の赤ちゃんは、誰かが世話をしないと絶対に生き残れません。

「重力と一緒に横たわることしかできない赤ちゃんだった私が、自力でここまで来られるようになりました」と仏壇、お墓、神社に報告してみてください。

それも、立派な【感謝の表明】なんですよ。

お母さんに言うのは恥ずかしくても、御先祖様や神様に心の中で思うのはやりやすいですよね。

ウワサの神社と、不思議なカフェと、オカルトチックな出会い

冒頭にご紹介した玉置神社にまつわる、ある出来事を思い出しました。

カフェで、友人たちと奈良のパワースポットについて盛り上がっていた時のことです。

私は玉置神社に参拝したことがきっかけで、「いずれ、対峙して断ち切らなければならない縁」を断ち切ることができました。

そんなことから、悪縁切り・手放したい癖・依存などの悩みがある時に参拝してみてはどうかと思いたち、「力強いグラウンディング(現実と向き合う)の機会を与えてくれる神社」として紹介しようと、話し始めました。

すると、テーブルのランプが点滅するのです。何度も電気が点いたり消えたり。

向かいに座っていたYさんはとてもカンの鋭い人で、私の目を見て(ちょっと……ランプが……)と合図を送ってきます。

要(かなめ)の話しをしようとすると、ランプが点いたり消えたり。

「ねぇ……、(この話し)止めようか」
「うん、止めよう^^;」

神社の話しを止めると点滅もピタリと止まりました。

玉置神社に参拝し「断ち切るべき縁」を絶つ事件が起きましたが、このときとても強い痛みを伴いました。いつかは通らねばならない道だったと思います。

ランプがチカチカと点滅したときは、「カフェで興味本位に任せて話題にするべきではなかったのかも」という気持ちがよぎりました。

しかし、そうではなかったのです。

カフェから出るときに不思議なビジョンを見ました。それは怖いものでは決してなく、そのカフェを見守っているような存在からのおもてなしを感じるものだったからです。

私は「亡くなった貴方のおばあさんがこんなことを言っていますよ」というような感じの能力はありません。

チャンネルが合った時にテレビやラジオの視聴ができるのと同じで、チャンネルが合った瞬間に見えることはあります。霊感の強い人がそばにいたり、磁場なのかどういうものなのかは解りませんが、場所によってはそういうことが起こったりします。

今回の点滅は、時々起こる「お茶目なパフォーマンス」のひとつだったのだと、後に思い当たりました。

ご一緒したのがYさんだったからこそ、点滅したのです。

Yさんに強い印象を残したオカルトチックなこの出会いが縁で、後にYさんにはとても助けられることになります。

似たような話しでは、夫との出会いもややオカルトチックでした。→運命の出会いと結婚の決め手は、◯◯◯のビジョン