2018年を振り返ってみますと「現役を引退する」方が多い印象ではありませんか?

安室奈美恵さん、滝沢秀明さん、小室哲哉さん、貴乃花親方…

毒親との鎖を断つビジョン(イメージング/瞑想)

私が父からの支配を終わりにしようと本気で決意できたのは、ハイアーセルフに見せてもらったこんなビジョンのおかげでした。




ハイアーセルフが見せてくれた、冷たく重い親子の鎖を断つビジョン

霧に包まれた湖に一艘の船。

私はその船に、ひとり乗っている。

ここはどうやら、高い山の上にある大きな湖のようだ。空気がひんやりする。

霧で周囲がぼんやりしており、大きな針葉樹のシルエットだけが見える。

ふと、湖の中をのぞくと……太い鎖が見えた。

私が乗っている船は「何か」と鎖で繋がれているようだ。

鎖を目で追ってゆくと、霧の中に船が浮かび上がって見えてきた。

父の背中だった。

父の船と繋がれているのだ、と気づく。

私の船をよくよく観察してみれば、鎖の先はフック状になっていて、実はいとも簡単に外せる作りになっている。

そっとフックを外し、湖中で手を離した。

鎖はゆっくり湖に沈んでいった。

私の船と父の船はゆっくりと離れ、やがて父の船は霧に見えなくなった。

さようなら。

さようなら。

そうして、私は船を漕ぎだす。

霧が晴れてくるにしたがって、世界は光にあふれる。

私は力強く船を漕ぐ。

インナーチャイルドを癒す作業中に見せてもらったこのヴィジョンを、何度も思い出すようにしました。

イメージ瞑想として利用させてもらったのです。

父からは、「おまえに今までかけた時間と金を回収する」という圧力を強烈に感じていました。

父本人の言い方だと「家族なんだから協力するのが当たり前」なのですが、私にとっては【冷たく重い鎖】でしかありませんでした。

「俺の苦労はお前のせい。罪悪感を持って生きるように」という呪いを掛けられていたので、親を見捨てた罪悪感との葛藤もありました。

無意識に使ってしまう呪いの言葉

「お前(子ども)のせいで、苦労している。お前がいなければ良かったのに」という直接的な呪いの言葉もあれば、間接的な呪いの言葉もあります。

例えば、

「子どもにお金がかかって、親は何もできない(何も楽しめない)」ということを言うのも、感謝と罪悪感を強制しています。

「あんな人と結婚しなければ」「子どもが生まれる前に離婚していれば」……これらの言葉も、子どもにとっては悲しい呪いになります。

親にも様々な事情がありますから、これらの言葉をぐっと堪えるのもなかなか困難なときもあるでしょう。

上記のような発言はほとんどの親にとって、「自分に精神的・肉体的・金銭的・時間の余裕がなく、子どもに不自由を強いていることが情けない」という自責の念が歪んで発露したものす。

幼いころは、父から直接的・間接的に呪いの言葉を投げつけらると、酷く傷つき、大変申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自尊心などというものが育ちようがありませんでした。

やがて少し大きくなり小学校高学年以上になってくると、「そんなこと私に言われても……私のほうこそ、あんたの子どもになんかなりたくなかった」という父に対する軽蔑の念と、自分の人生には虚無感しか見えませんでした。

瞑想の結果

この瞑想を繰り返していた頃は、飽くまでも、〈私の心の中で〉父とのネガティブなつながりを断つことを考えていました。

潮時だったのだと思います。

その数年後、様々な偶然が重なり、父の方から絶縁を言い渡されました。

父には新しい家族がとっくにいましたし、絶縁を父から言い渡されたとき、ホッと肩の荷が下りたのをよく覚えています。

悲しい、ではなく、「やっと解放された……」という安堵です。

ただ、その数年後に「親戚の介護をしろ」と突然に連絡が来た時はさすがに呆れかえりました。

(どこまでも自分の都合でしか私のことを見ていないのだなぁ)と寂しく思いましたが、仕方ないのです。それが毒親です。

新しい家族の保育園の送迎をしていると聞きました。おじいちゃん役は楽しいだろうと思います。小さな小さなあたたかい手を握ると、優しい気持ちになるでしょう。

近くに居る方々を大事に、どうぞお元気でいてください。

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