父からの支配を終わりにしようと本気で決意できたのは、ハイアーセルフに見せてもらったビジョンのおかげでした。
私は先に現実的な『毒親からの自立』を実行しましたが、精神的な解放はなかなか難しいものです。
ハイアーセルフが見せてくれた、冷たく重い親子の鎖を断つビジョン
霧に包まれた湖に一艘の船。
私はその船に、ひとり乗っている。
ここはどうやら山の上にある湖のようだ。
霧で周囲がぼんやりしており、大きな針葉樹のシルエットだけが見える。空気は澄んでいて、湖水は透明で美しい。
ふと、湖の中をのぞくと……太い鎖が見えた。
私が乗っている船はどうやら「何か」と鎖で繋がれているようだ。
私の船をよくよく観察してみれば、鎖の先はフック状になっていて、実はいとも簡単に外せる作りになっている。
鎖を目で追ってゆくと、霧の中に船が浮かび上がって見えてきた。
その船には父の背中が見えた。
父の船と繋がれているのだ、と気づく。
そっとフックを外し、湖中で手を離した。
鎖は音もなくゆっくり湖に沈んでいった。
私の船と父の船はゆっくりと離れ、やがて父の船は霧に見えなくなった。
さようなら。
さようなら。
そうして、私は船を漕ぎだす。
霧が晴れてくるにしたがって、世界は光にあふれる。
私は力強く船を漕ぐ。
インナーチャイルドを癒す作業中に見せてもらったこのヴィジョンを、何度も思い出すようにしました。
イメージ瞑想として利用させてもらったのです。
幼少期からずっと虐待され、実家を出てからも「おまえに今までかけた時間と金を回収する、利用できるだけ利用する」という父の利己的さと歪んだ自己愛に振り回され続けていました。
玉置神社に参拝した後、いずれは対峙して断ち切らなければならない父親との縁を断ち切ることになりました。
幼少期から青年期まで虐待に苦しみ、実家を出てからかなりラクにはなったのですが、それでも父が毒親であることには変わりはありません。特に母が他界した後はどうしたらよいか考えあぐねていたのです。
(中略)
父から絶縁を言い渡してくれたのは、私にとってはかえって都合が良かったのです。
玉置神社は、新しい道を歩むために終わりにするべきものを終わらせることを後押ししてくれました。
もちろん痛みは伴いましたが、グラウンディングを促してくれる過程に、縁切り、コードカットがあったのだと理解しています。
そんなことから、私にとっては強力なパワースポットなのです。
●参照記事神様に呼ばれないと行けない神社?玉置神社(奈良県)がパワースポットな理由と秘境の温泉が最高!より
「俺の苦労はお前のせい。罪悪感を持って生きるように」という呪いを掛けられていましたし、ずっと親の顔色を伺って言動してきたので、親を見捨てた罪悪感との葛藤もありました。
あれだけの虐待を受けた私が、なぜ?なぜ被害者の私が罪悪感を抱かなければならないのだ?と、今なら思えるのですが、当時は罪悪感に苦しめられました。
無意識に使ってしまう呪いの言葉
「お前(子ども)のせいで、苦労している。お前がいなければ良かったのに」という直接的な呪いの言葉もあれば、間接的な呪いの言葉もあります。
例えば、
「子どもにお金がかかって、親は何もできない(何も楽しめない)」ということをクドクド言うのも、感謝と罪悪感を強制しています。
「あんな人と結婚しなければ」「子どもが生まれる前に離婚していれば」……これらの言葉も、子どもにとっては悲しい呪いになります。
親にも様々な事情がありますから、これらの言葉をぐっと堪えるのもなかなか困難なときもあるでしょう。
上記のような発言はほとんどの親にとって、「自分に精神的・肉体的・金銭的・時間の余裕がなく、子どもに不自由を強いていることが情けない」という自責の念が歪んで発露したものです。
父から直接的・間接的に呪いの言葉を投げつけられると、酷く傷つき、大変申し訳ない気持ちでいっぱいになり、いつ殴られるかいつ丼が飛んでくるからビクビクし、自尊心などというものが育ちようがありませんでした。
やがて、小学校高学年以上になってくると、自分の人生に虚無感を覚えるようになりました。ただ、毎日を生き延びているだけ……
そんな時に、弟が一家心中を図ろうとし、さらに、似たような境遇の女の子が自殺したニュースを知り、私の中に明確な【怒り】が生まれました。
絶対に自殺だけはするものか。どうして何も悪くない私が死ななきゃならないのだ!
10代を支えてくれたのは強い【怒り】だったのです。
やがて、母が他界し20代も終わる頃には【怒り】は私から去り、決して良い意味ではない諦観や虚無感に悩むようになりました。
瞑想の結果
この瞑想を繰り返していた頃は、飽くまでも、〈私の心の中で〉父とのネガティブなつながりを断つことを考えていましたが、その数年後に父の方から絶縁を言い渡されました。
父には新しい家族がとっくにいましたし、絶縁を父から言い渡されたのでホッと肩の荷が下りたのをよく覚えています。
悲しい、ではなく、「やっと解放された……」という安堵でした。
家族・親子だから仲良くすべき?いいえ、そんなことはありません。
絆だとか協力だとか理解だとかに、血縁や生地の「条件」が前提として必須なのでしょうか?そんなことはありません。
私は虐待された子どもとして長いあいだ(30年ほど)苦しみました。
自分が親になり、「虐待する親」は決して他人事ではないと強く感じています。だからこそ思うんです。
「親子だから仲良くしなければならない」などという圧力は悲惨だと。
今回は、毒親のもとから離れようと思っているあなたにむけて書きます。
このページでは、ハローワークの職業訓練などについての情報にも触れていますが、条件や内容が変わる可能性があります。必ずハローワークや市の就労支援窓口などで確認してください。
【毒親から自立】家族・親子だからって仲良くしなければならないなんてことは、ありませんより
上記は毒親から自立を考えている方へ書いたページです。ハローワークの職業訓練のことなどにも触れています。スピリチュアルな対処と併せて興味のある方はどうぞ。
さいごに&おすすめの書籍
いつか、あなたに余裕ができた時に(親を助けても良いかな……)と思ったら、その時、また考えたらいいんです。もちろん、二度と会いたくないなら会わないと決めていいのです。
実際、人の性格はそう簡単には変わりません。猛毒親ならなおさらです。
とにかく、まず、あなたの肉体と精神を守ることが先決です。
家族・親子だからって、仲良くしなきゃいけないなんてことは、ありません。
嫌なものに「嫌だ!」と言えなかったあなた。嫌だと叫んだのに聞き入れてもらえなかったあなたの気持ちが痛いほどわかります。
私は“安心感”というものからあまりにもほど遠いこども時代を過ごしました。
小学生の弟が家に灯油をまいて心中を試みるほどだったのです。
大人になって家を出た私は、幼少期から青年期を「辛かったが過ぎ去った」「乗り越えた過去」のつもりでいましたが、実は日常生活(主に恋愛や会社などの対人関係)に問題を抱えていたのです。
「何かがおかしい、どうにも生きづらい」と、うすうす気づいていたのですが思い出すのも嫌な過去でしたし、本人は「乗り越えた」つもりでいたので、いまだに大きな傷から血を流している自覚がなかったのです。
<第1回>燃え盛る家とのっぺらぼうの私/ヒプノセラピー・レイキ・チャネリングより
●参照記事神様に呼ばれないと行けない神社?玉置神社(奈良県)がパワースポットな理由と秘境の温泉が最高!
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●参照記事<第1回>燃え盛る家とのっぺらぼうの私/ヒプノセラピー・レイキ・チャネリング
【毒親や虐待に苦しんだ方へおすすめの書籍】↓この本を一番読み込みました。ワークについても書いてあります。本来はグループで行うのが良いようですが、私は一人で行いました。
↓被害者が、自分がされたことにわざと鈍感に振舞い、傷に触れないように「自衛する」ことは少なくないと思います。でも、もし一歩進もうとされるなら読まれることをおすすめします。
また、自分の何気ない言動が「実はこれもモラハラではないか!」という気づきも得られました。