自己愛性パーソナリティ障害と回避性パーソナリティ障害についての私感&【アナと雪の女王】から見る「そのまま」と「ありのまま」の大きな違い

今回は、自己愛性パーソナリティ障害境界性パーソナリティ障害回避性パーソナリティ障害について少々思ったことを。

それから、「ありのままの自分」「そのままの自分」の違いを「アナと雪の女王」を例えにしてまとめてみます。

自分を客観的に見ることのむずかしさ

自己愛性パーソナリティ障害などについて調べていたのですが、調べるといっても、ざっとネットの情報を漁るだけですので、「Aというサイトではこう説明しているな」「Bさんはこのような説明をしているのか」と、飽くまでも参考程度にという姿勢です。

このブログではそれぞれの説明はしません。調べる方は、必ず複数のサイト、できれば5つくらいはご覧になった方がいいと思います。書籍についても同じで、複数の本を読み比べることをおすすめします。

で、ですね。

自己愛性パーソナリティ障害と回避性パーソナリティ障害が逆のベクトルに位置しているような記述を見かけた時に、なにやら引っかかりました。

「いやいや、回避性は自己愛あってこその反応なのでは?」と。

パーソナリティ障害の根底は同じなのではないか?と思うからです。

そんなふうに思っていたところに、こちらを読みまして、私としてはとても同感した次第です。

Yahoo!知恵袋より、「自己愛人格障害と回避性人格障害との関係について教えてほしいです」https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12129938542

さて、パーソナリティ障害の大抵は複合タイプのようです。

自己愛パーソナリティ障害と回避性パーソナリティ障害、
自己愛パーソナリティ障害と境界性パーソナリティ障害、というように。

他にも、適応障害などの併発などもあるそうです。

また、軽度、重度といった〈程度〉も関わってくるでしょう。

自分のことや、あるいは家族、友人、同僚を「きっと、◯◯パーソナリティ障害に違いない」と決めつけてはいけません。

専門の先生でさえも、とても難しい判断なのです。

ただ、「もしかして、そうなのかも・・・」と気づくことで気持ちがラクになったり、対処法に光が差した、というケースもあるようです。

パーソナリティ障害とは違う話しになりますが、自分のことをアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)なのではないか?病院に行って診断してもらうべきか?と悩んでいた知人がおりました。

当然、私は医師でもなんでもない素人ですから、「病院に行って、色々と相談してくるのもいいかもしれないね」としか言えませんでした。

その後すぐに転職した職場が肌に合ったようで、「過ごしやすさ」が格段に上がったために、病院には行きませんでした。

パーソナリティ障害や発達障害に限らず、自分を客観的に見る、というのはなかなか難しいことです。

等身大の自分を認めるのが困難な時期もあります。

理想の自分と現実の自分のギャップに苦しむこともあるでしょう。

そういう時期は誰にでもあるのではないでしょうか。

もしかしたら、成長痛のようなものなのかもしれません。

ありのまま と そのまま は違う

ところで、

ヒーラー仲間であり、目に見えない世界を楽しむ仲間でもある友人がこんなことを言っていました。

ありのまま教そのまま教を置き換えて、自分を見ない言い訳にしている人が多いように思う」

私も常々、「スピリチュアルは、ラ◯ザ◯プ並みにキツい。一昔前に流行ったビ◯ーズブート◯ャンプ並みにしんどい。スピは実は体育会系」と思っているので、友人の言葉に大きく頷きました。

「ありのままの、等身大の自分を受け入れる」というのは、愛や慈しみを伴うんです。生きている自分と環境に感謝していることです。

でも、「そのままの自分で良い」は、開き直りです。すね毛ボーボーでも、鼻毛ボサボサでも、歯を磨いてなくても愛してよ!な感じです。

ベタですが、ディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」で例えてみたいと思います。

雪や氷を操る力がとうとう暴走してしまったエルサ女王は、「どうしようもできないの!仕方ないじゃない!」と一人山奥に引き籠り、その力を一人で堪能します。

これが、「そのまま」です。

「己の力のせいで大切な人を傷つけた。もう誰も傷つけたくない」という抑圧と自己否定が愛を凍らせ、力を暴走させていたのです。

我が身を犠牲にした妹の愛に触れたことで、自分の中にある「愛」が妹を救います。

愛を目の当たりにしたエルサ女王は、力をコントロールできることを知ります。知る、というよりは思い出した、に近いのかもしれません。

これが「ありのまま」です。

「ありのまま」には、喜び・感謝・愛を伴う

ありのままの自分を受け入れる、というのは、何のジャッジも、自己否定も、歪んだ自己愛もありません。

ありのままを受け入れる過程はキツくても、受け入れた先にあるのは生きている喜び、感謝、愛、思いやりです。

自己愛が強いと、自分の欠乏感を埋めることに夢中になります。いつも飢えているので他者からエネルギーを奪おうとしたり、セルフイメージが肥大化したり、空っぽの自分に気づかないようにしたり・・・慌ただしく揺れ動きます。

愛とは、どこかに「在る」モノではなく、誰かにもらうものでもありません。ですから、探すものではないのです。

愛はあなたの魂の「働き」です。

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