Q:自分の体なんだから好きにしてもいいでしょ?自殺はなぜしていけないの?

Q「自分の体なんだから好きにしてもいいでしょ?」

A「自分の心身を傷つけてもいいか?という意味ならダメです」

子どもに持ってほしい「両足を突っ込んだら戻れなくなる」という感覚と知恵

そろそろ夏休みですね。

思春期のお子さんをもつ親御さんにとって、少々心配な面もある夏休み。

夏休みは非日常の高揚感があるところに花火大会や夏祭りなどのイベントも多いので、普段は出会わない人たちとの出会いも増えます。

犯罪に巻き込まれる時や、一歩踏み外す時というのは、「気がついたらいつの間にか」というケースが少なくないです。

大人だってそうなんですから。

そこは本当に気をつけて見守らないといけませんが、子ども自身にも「両足を突っ込んだら戻れなくなる、やばい」という感覚はあるはずです。

ですから、「仮に片足を踏み入れてしまったとしても、もう片足は、必ずこちらに着けておいてほしい」ということを話し合っておくことは大事だと思います。

例えば、

刺青(入れ墨)や、「そんなにあちこちにピアスしなくても」というピアスや、整形も含まれるかな……などに興味を持つ、というのもちょっと似ているかもしれません。

ある日、子どもが「自分の体なんだから、好きにしたって良いじゃん」と言ってきたら、お父さんお母さんはなんと返しますか?

自分の体なんだから好きにしても良いでしょ?→ダメな理由3つ

「自分の体を自由にしていい?」と「自分を痛めてもいい?」の質問は根本的に違います。「自分の体を自由にしていい?」については後述します。

「自分を痛めてもいい?」という意味なら、それはダメなんです。

ダメな理由1、過去の時間軸で考える

2、横に広がる関係で考える

3、未来の時間軸で考える

この3つの観点から考えてみても、やっぱりダメなんです。

1、過去の時間軸で考える

私たちの肉体は、親からの遺伝情報でできあがっています。これはもう人類の増え方がそうなのだから仕方在りません。

私たちの両親にそれぞれ両親がいて、さらにその両親がいて……

どんどん時代をさかのぼると、私たちが今ここに存在するために、一体何人の人が関わっているでしょうか?

江戸時代が終わってから150年弱が経ちます。江戸時代以降、仮に、平均して25歳で子を産んでいるとして、ざっと30人からの父と母が貴方の生命を繫げてきたことになります。

その150年の間には戦争があり、震災があり、台風、飢饉、病気や事故などもありました。

これが、 「1、過去の時間軸で考える」ですね。

2、横に広がる関係で考える

さて次です。

魂は遺伝とはまったく関係ありません。親と全く違う考え・価値観なのは、自然だし当たり前です。私たちの魂は、親とは全く別モノです。

いきなりスピリチュアルが濃くなってびっくりするかもしれませんが、この世に生まれてくる前は、水源のように光が湧き出でるところに、魂は光として在りました。

まぁ、つまらない妄想だと思って聞いてください。

湧き水の水が光になっているイメージです。

生まれてくるときに、光(魂)が個々の肉体に宿ることで、「分離」を経験中(例・水源から河川となり流れているところ)です。

ここで最も大切なのは、「分離」しながらも「統合」の意識を目指しているということ。

→(例)食べ物を独り占めしないでシェア(共有)する

【詳細記事】→分離と統合について/「それらが私自身であるならば、戦争や貧困もまた私自身という事になりませんか?」

地球温暖化(地球は温暖化していない説もある。地軸のズレ説も有名)で、南の小さな島が沈みそうだ!というニュースや話しを聞いたことはありませんか?

その被害に遭っている島民が地球温暖化の原因になるような生活をしていたかというと、むしろ相当なエコロジー生活、ナチュラル生活を送っているんです。

それなのに、被害に遭っている。

こんなの理不尽だと思いませんか。

そう、ここですね。

先ほど書いた、

最も大切なのは、分離しながらも統合の意識を目指しているところ。
→例)食べ物を独り占めしないでシェア(共有)する

同じように、

自分一人がエコな生活したって何も変わらんやろ。と、電気をガンガン使ったり、海にゴミを捨てたりする思考は、「分離」の思考。

かといって、暑い日にエアコンを入れるのを我慢すると命を落としかねません。我慢は絶対にダメです。

肉体に宿ってる以上、「分離」が前提ですから、自分の命・体・心を健やかに保つことを大事にします。

そのうえで、地球規模で、横の関係で考える。

これが「2、横に広がる関係で考える」です。

3、未来の時間軸で考える

縄文時代、人間は「全て神様から少し借りている」というの認識のもと生きていたため、木の実などもワーッと全部取り尽くしてしまうことはなく、敢えて採取場所をローテーションしていたそうです。

それは永い目でものごとを捉え、飢え死にを避ける智慧だったのでしょうけれど、そこに生きる動植物全体の生命の調和・バランス・サイクルをも考慮してのことだったと思います。

この土地は俺のだ!
俺が満たされればいい、他のヤツのことなんて知らねー!

そういう発想だったら、乱獲すると思うんですね。

しかし、縄文人はどうやら「後からここへ来るほかの家族のために、まだ見ぬ俺の子や孫のために、ほかの動物や昆虫のために、みんなで分け合えるように。」という考えだったようです。

ここが、 「3、未来の時間軸で考える」です。

「自分の体を自由にしていい?」と「自分を痛めてもいい?」の質問は根本的に違う

「自分の体だから自由にしていい」

と、いうのは事実です。真実です。

あなたはあなたの足でどこに行っても良いし、あなたの目は何を見ても良いし、あなたの口は何を話しても良い。

でもここで、子どもが親に聞いているのは「自分の体を痛めてもいいか?」ということなんですよね。

肉体はどんなに大事に扱っても、やがて老います。
不慮の事故や病気、災害もあります。
虫歯になることも、乱視も、シミそばかすも、努力しても避けられないことがあります。

ありふれた表現ですが、人が生まれて成長することは奇跡の連続の賜(たまもの)です。

精子と卵子が出会い、受精し、子宮内に無事に着床し、細胞分裂を順調に繰り返し、9ヶ月の時を経て出産する。

妊娠も出産も、成人するまでに無事に育つことも、全てが奇跡です。

さきほど書いた、この150年弱の間に30人もの人間が子を産むまでに生き抜かないと、私たちは存在していません。つまり奇跡が相当に積み重ならないと、私たちはここにいない。

私は、私のために生きて良い。

先祖の事も、子孫の事も考えずに生きていい。

でも、今の考えのままこれから何十年と生きていくことは、あり得ません。

入れ墨・タトゥーについて

刺青の一番の問題は健康面です。

皮膚呼吸ができないこと、きれいに戻すのが難しいこと、そして、感染病のリスク、アレルギーなども考えなければなりません。

先ほども書きましたが、今の考えのままこれから何十年と生きていくことは、まずありません。あなたが大事にしている主義主張も、いつかは変わります。それが人の可能性であり、成長だからです。

「今だけ」に集中したら刺青を入れたいと思うかもしれない。でも、2年後のあなたはやりたい職業を見つけて海外に出ようとしているかもしれない。赤ちゃんを育てているかもしれない。これまでに興味のなかった分野を学んでいるかもしれない。

人生、本当にわかりません。

刺青があることで生命保険に加入できないのも困りますし、MRI検査ができない可能性もあります。若くて健康なうちはぴーんとこないかもしれませんが、アラフォーあたりからすごい重要になるので覚えておいてくださいね。

また、あなたの人格がどうであれ、人は視覚情報で判断するものです。(そもそも、刺青は視覚に訴えるものですからなおのこと)

「メラビアンの法則」によると人は外見で9割決まるなどという俗流解釈があるくらいです。

整形については、乳癌のために乳房を摘出した方が再建手術を希望するように、火傷の痕を消すように、生活の質の向上や、健康上の理由がある場合は除きます。

長年のコンプレックスを解消したいというようなケースは、程度や事情によるかと思います。整形依存の事例、メリット・デメリット、長年経ってからの影響を知ることが大事です。

幸福度(生活の質の向上)とリスクをよく考えましょう。

今の考えのままこれから何十年と生きていくことは、まずありません。あなたが大事にしている主義主張も、いつかは変わります。それが人の可能性であり、成長だからです。

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