【大神神社|三輪山の神話.03】出雲大社の神と三輪の地(奈良)の不思議な関連

今回は最終回【大神神社|三輪山の神話からシリーズ.03】です。

前々回前回と、「イケメン夫が蛇だった!」という三輪山の神話について、そしてイケメン夫・大物主はどんな神様なのか?【和魂・荒魂】とは一体何なのか?について書きました。

卑弥呼がその霊性を不動のものにしたのは「蛇」の神性を取り込んだから?

さて、なぜ「大物主神」と「蛇」が関連づけられているのでしょうか?

「蛇 シンボル」でググると、嫌というほど蛇の神性について書いたサイトがヒットします。蛇が神の化身であるという思想は世界中に見られます。

脱皮を繰り返す蛇が神様と結びつくのはわかるのですが、どうして三輪のこの地が蛇の神様と結びついたのか?

1.仮に、卑弥呼が日の神と蛇の神性だとして……

2.仮に、箸墓古墳が卑弥呼の墓だとして……

3.とすると、三輪山の蛇(神)との結婚こそが卑弥呼の霊性を確かなものにした?結婚=男女の契りでもって、卑弥呼は三輪山の神性を取り込んだ?)

ってことですかい?

酒造りの発祥の地と狭井神社の井戸水(ご神水)

三輪の地は酒造り発祥の地と言われています。(線路を渡ったところにある今西酒造では日本酒ソフトが食べられます。美味しいですよ)

↑今西酒造

三輪は酒造発祥の地なのですから、清らかな水が身近な地ということです。

蛇は水辺や水田、湿地帯に生息します。身近な生き物でありながらも独特な姿から何となく恐れられていたでしょう。

脱皮をする蛇から、枯れない水源や不老不死を連想するのはごく自然なことかと思います。

さぁ、そこで狭井神社(さいじんじゃ)の登場です。

狭井神社拝殿

狭井神社とご神水「くすり水」、狭井神社はアノ神様の○○をお祀りしている

大神神社から徒歩数分、摂社『狭井神社』は、お社(やしろ)こそ大きくありませんが、実はこちらの狭井神社こそが大事なんだ!と唱える方もいらっしゃいます。

確かに、禁足の山・神聖な山として入山に制限のある三輪山への登拝は、狭井神社で受付をしますし、登拝口は狭井神社境内からのみ。

桜井市観光情報サイト狭井神社ページより抜粋—

狭井神社は狭井川の畔にある大神神社の摂社で、正式な名前は「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」という。本社の荒魂をお祭しており、延喜式神名帳に記されている古社。古より「華鎮社」と称された。

—抜粋ここまで—

そうなんです。狭井神社は大国主の荒魂をお祀りしているんです!

荒魂なので、神気の荒々しく力強い面の方ですね。病気平癒の神様として信仰が篤いのだそうです。

大神神社へ来られたら、狭井神社とぜひセットでご参拝しましょう!

病気平癒の話題に欠かせないのが、狭井神社の湧水

狭井神社のご神水「くすり水」

拝殿の左奥にある「くすり水」です。このご神水を目当てに参拝に来られる方もいらっしゃるでしょう。万病に効く霊水ということで、私も参拝の折には必ず一杯いただきます。

……ん?

蛇=清水はこの湧水を指している可能性はないでしょうか?

あるいは狭井川を指している?

狭井川は、狭井神社の少し北を流れる小さな小川です。今から2000年、1500年前はどのような川だったのでしょう。

神話の時代には大きな川だったのでしょうか?

蛇を連想させるよう様な曲がりくねった川だったのでしょうか?

まさか湿地帯で蛇がたくさんいたなんて、ネ。

確かに、縄文時代の遺跡が盆地から見つかっていないことから、奈良盆地は巨大な湖、湿地だった説はあります。

あるいは、川そのものではなく、清らかな水が湧く山が尊い、ということで、「三輪山=水=蛇」ということなのでしょうか?

奈良県なのに出雲という地名、そして相撲の発祥

三輪山の近くには「出雲」という地名があります。

ここで、参考になるホームページをご紹介します。

奈良寺社参拝なび大正楼HPの「桜井市出雲の地名由来」ページ

こちらのホームページによると、桜井市出雲以外にも、狭井川の近くなどに出雲のワードが出てくるそうです。

そしてもう一つ、気になることが。

「三輪の地は酒造り発祥の地」に加え、相撲発祥の地、とも言われています。

この写真は「写真AC」より

神話の世界で相撲と云えば「出雲の国」を連想するのがセオリーです。こちらについては後述します。

奈良の相撲発祥について、桜井市の観光情報サイトに分かりやすい説明が書いてあります。
→桜井市観光情報サイト「相撲発祥の地」ページ

もちろん、三輪山の北西方向には相撲神社(桜井市)があります。

参考サイト、DEEPだぜ!!奈良は。HPの「大和出雲」の野見宿禰と十二柱神社について調査した(奈良県桜井市)ページでは、野見宿禰(のみのすくね)のお墓(古墳)にも触れていて、ワクワクします。

いくつかのホームページを読んでいると、「奈良の桜井市のあたりに出雲と言う地名が多く残っているのは、島根県の出雲からやってきたことを指しているのではないか?と思っていたが、どうもそうではないかも……」と書かれている方が少なくないのです。

私もこのブログを書くまでは、

「その昔、古代出雲を統治していたとされる出雲族がおったと聞いたがな」(天空の城ラピュタのポムじいさんの声で)

出雲族が奈良の地にやってきた、とかかなぁ……なーんて、うすぼんやりと空想していました。

でも、そんなに単純なことではないみたいですねぇ。

初期ヤマト王権が~、纏向遺跡が~、などのワードまで出てきて、正直なところ収集がつきません。どうしてくれようか。

神話の相撲と言ったら、「稲佐の浜での国譲り」

さて、相撲に話しを戻します。

神様の相撲と言ったら、やはり出雲(島根)の「稲佐の浜での国譲り」なわけですよ。

稲佐の浜。一人旅で行きました。かなりロマンに浸れますよ。
この写真は「写真AC」より

「国譲り」について、超!重大事件なのですがメッチャかいつまんで書きます。

出雲地方を統治していたオオクニヌシのもとへ、突然、アマテラスオオミカミからの使者タケミカズチがやってきてこう迫った。

「国をアマテラスオオミカミ様に譲れ!」

(当時のアマテラスオオミカミは、古代ローマのユリウス・カエサルのような勢いがあったのかもしれませんね。)

オオクニヌシからすれば、なんとも理不尽極まりない話しなのだけれど、オオクニヌシは冷静に対処した。

オオクニヌシには息子が二人居たので、息子たちと話し合ってみることとする、と言ったのだ。

息子1:ヤエコトシロヌシ「父さん、闘うより賢く生き延びた方が良いのでは?」
息子2:タケミナカタ「親父、こんな理不尽なことがあるかよ!俺は闘うぜ!」

というわけで、

アマテラス側タケミカズチと、オオクニヌシ側タケミナカタの闘いがはじまった。

闘いはタケミカズチが勝ち、タケミナカタは長野県(信濃、諏訪湖の周囲には諏訪大社がある)まで追いやられたのであった。

オオクニヌシはアマテラスに国を譲る代わりにそれはそれは巨大な神殿(巨大すぎて何度も倒壊した)を建立してもらい、そこで暮らした。

この闘いが相撲の原型だということなわけです。

おそらく、オオクニヌシは殺害されたか、幽閉されたのちに亡くなったか……。

あまりにも偉大な統治者であったので、アマテラス側は民の暴動を危惧したのか、あるいは崇りを恐れたのかもしれません。だからこそ巨大な神殿を立てたのでしょう。(実際に、ばかでかい柱の跡が発見されています)

この写真は「写真AC」より

ここまで、奈良(三輪の地)と島根(出雲)の繋がりをザーッと見てみました。

そんな流れで「蛇」という言葉と「出雲」というワードを掛け合わせると、ヤマタノオロチを連想してしまうのも無理はありません。

スサノオ(オオクニヌシはスサノオの孫説あり)がやっつけた、あのヤマタノオロチです。

だから何だ?と言われると、まぁ、別に何でもないです。

ヤマタノオロチは征服した対象ですし、美男子が蛇だったニョロ〜神話とは関係無さそうです。

むう、なぜ蛇なんだろう。←まだ言ってる。

さぁ、奈良(三輪山)と、島根(出雲)には、一体どんな関係があるのでしょうか!?

わかりません

わかるわけがない

そんな妄想をこじらせに大神神社と狭井神社へ行こう!

大神神社の参道は砂利の道が続きます。ミュールやハイヒールはあまりおすすめしません。それにせっかく大神神社まで来たのならぜひ狭井神社まで参拝し、ご神水を味わってくださいね。

もし、ミュールで来てしまった方は脚がグキッてならないように気を付けて歩いてください。

境内 御神木。
こちらに神様が降りてこられるとのことで生卵やお酒がたくさん供えられています。

ご覧のとおり、タマゴと日本酒がたくさん

最後に、ぜひウィキペディアの三輪山ページをご一読ください。

あたしゃよく分かりませんが、縄文時代には大阪あたり一体は海だったと思うんです。

古代の人々が大阪湾から奈良に入ってくると……要塞のように立ちはだかる生駒山・信貴山・二上山・葛城山・金剛山が見えたでしょう。

大和川を伝って奈良盆地に入ったでしょうか。

太陽が昇ってくる方向を眺めれば、連なる山々。(山の辺の道の東側)

全ての建物を取り去って想像力を働かせると……ここが如何に美しい土地だったか、わかる気がします。

それでは、この辺でニョロ―!


地形で読み解く古代史

↑奈良盆地について触れている本。確かに西側の山々を眺めているとまさに要塞だと感じます。その一方で東からは入って来易いのですよね。


日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語 (ブルーバックス)

こちらの本もかなり興味があります。神社めぐりをしていると、そこがどういった場所だったのか興味を抱くのは必然です。